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仙台高等裁判所秋田支部 昭和47年(う)110号 判決 1974年12月10日

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は全部被告会社の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人安達十郎提出の控訴趣意書(ただし、控訴趣意第一点は事実誤認の主張であると釈明した。)、控訴趣意補充書二通各記載のとおりであるから、いずれもこれを引用する。

所論は、要するに、山形県東田川郡余目町立若竹児童遊園(以下若竹児童遊園という。)は、その施設内容が厚生大臣の定める児童福祉施設の最低に達しておらず、その環境も児童の情操教育上極めて不適当で、認可の要件を充足していない。被告会社の代表者平庄市が永年営々として貯えた全資金を投入し、憲法、法律、条例により適法に許された個室付浴場業(トルコ風呂営業)を営むべく建築確認をえたうえ、浴場用建物の建築を半ば進行させ、被告会社から公衆浴場法による浴場業の経営許可申請をしている段階で、山形県知事が被告会社のトルコ風呂営業を阻止、妨害することを決定的な動機・目的としてその行政権限を濫用して前記のような粗末で不適当な児童遊園の設置を認可した行為は、憲法二二条、二九条、地方自治法一三八条の二の諸規定に違反し、当然無効である。かりに、児童遊園の認可それ自体が当然無効ではなくとも、被告会社の適法な営業を阻止、妨害する意図でなされたものである以上、少なくとも被告会社に対する関係では効力を有しない。したがつて、若竹児童遊園の存在を根拠として被告会社を風俗営業等取締法違反として処断した原判決は憲法三一条に違反するから、被告会社は無罪である。原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認・法令の適用の誤り、理由のくい違いがあるというのである。

一先ず、記録および当審における事実取調の結果によると、本件に至るまでの経緯ならびに若竹児童遊園の設備等に関して次の各事実を認めることができる。

(一)  平庄市は、昭和四一年春ごろからいわゆるトルコ風呂営業を企て、その用地を物色していたが、山形県東田川郡余目町が条例による禁止区域にあたらず、地理的にも国道沿いであつて、営業に有利であると考え、同四三年三月ごろ同町大字常万字東大乗向一八番地に用地を購入したこと、当初、同町富樫町長からの右営業計画に対する賛意表明があつたが、同年五月九日に平庄市が松田源治外一名と余目警察署を訪れた際には同署長から、町には反対の気運があり、それが町全体の運動に盛り上がる可能性があるから承知してもらいたい旨伝えられ、個室をやめていわゆるオープンにした営業をするよう要望されたが、風紀を乱すことはないから大丈夫だといつて右署長の申し出でを断つていること、同月一一日平庄市は主要用途を個室付公衆浴場とする建築物確認申請を山形県(以下、県という)土木部建築課の建築主事宛にするとともに公衆浴場経営許可申請を県知事宛にしたこと、同月二三日建築主事の建築物確認がなされたが、その通知書の別紙には「本建築予定地から南西約一五〇メートル離れた地点にある児童遊園地を近く余目町で児童福祉施設とする動きもあるが、当該遊園地が児童福祉法第七条に規定する児童福祉施設になつた場合には自動的に風俗営業等取締法の場所規制に抵触する旨県警察本部防犯課から連絡あつたので附記する。」と記載されていたこと、平庄市は同日右通知書をみたこと、その前後ころから常万部落の婦人会などの反対運動が盛んになつて、富樫町長も右営業に反対の意見を明らかにするようになり、県の関係部局と相談した結果、その示唆により前記児童遊園地を児童福祉法所定の児童遊園とすることを考え、同月二七日臨時町議会を召集し、余目町児童遊園設置条例案を提出してこれが可決されるや、即日公布施行し、同日余目町から県知事宛に若竹児童遊園設置認可申請をしたが、書類不備があつたため、申請書をいつたん返還され、翌六月四日改めてその申請をし、これが受理されたこと、同月一〇日、県知事はこれを認可したこと、平庄市はこのような事情を新聞報道などで知つていたと推認されるけれども、五月二九日ごろから右建物建築に着工を進めるとともに、六月六日には特殊公衆浴場の営業等を主たる営業目的とする被告会社を設立して自ら代表取締役となり、その後間もなく、改めて、被告会社から右建物を使用する公衆浴場経営許可申請書が提出され、同月一四日県衛生部環境衛生課に受理されたこと、同月末ごろには右建物がほぼ完成し、翌七月初旬同課職員による検査、同月一一日県土木部建築課の建築主事による工事完了検査がそれぞれなされたこと、同月二九日余目警察署長宛、同月三〇日県衛生部環境衛生課宛にそれぞれ被告会社代表者平庄市名義でいわゆるトルコ風呂営業はしない旨の営業方針誓約書または営業内容説明書が提出され、同月三一日県知事の被告会社に対する公衆浴場経営許可がなされたが、県衛生部長からの右許可通知書には、「許可にあたつて山形県警察本部防犯課に照会したところ、公衆浴場の所在地の西南方134.5メートルの地点に余目町立『若竹児童遊園』があり、同遊園は、風俗営業等取締法四条の四第一項に規定する児童福祉施設に該当するので、浴場の施設である個室において異性の客に接触する役務を提供する営業を行なつたときは、同条同項後段の距離の制限に抵触する旨回答があつたので、営業にあたつては同法に抵触するような違法行為のないよう十分に配慮されたい。」と明記されていたこと、被告会社ではいわゆるトルコ嬢を募集して、翌八月八日トルコ風呂営業を開始したが、原判示のとおり、被告会社の女子従業員中嶋文江ほか四名が被告会社の営業に関し同月一六日ころから翌四四年二月七日ころまでの間、浴場の施設である個室において異性の客に接触する役務を提供する営業を営んだこと。

(二)  若竹児童遊園は、県知事がその設置の認可をした当時において、児童福祉施設最低基準(昭和二三年一二月二九日厚生省令六三号、以下福祉施設最低基準という。)六〇条一号に定める広場一か所(広さ約807.27平方メートル)、砂場一か所(広さ約12.07平方メートル)、ぶらんこ二連式二基、便所一か所が設けられていたこと(これらのほかにも、鉄棒六段式一連、オーションウエーブ一基、建坪約47.47平方メートルの木造平家建の屋内遊技場一棟が存していた。)、同基準六一条に定める職員として保母の資格のある者二名が兼務発令されていたこと(ほかに、余目町住民課福祉係の男子職員一名も兼務発令されていた。)、同遊園の敷地は以前町道が横切つていたため自動車が通行していたが、昭和三四年ごろ町道変更がなされて同遊園地を横切る道路がなくなり、また、町当局は付近住民に対し同遊園地内への自動車乗り入れの自粛を呼びかけるとともに道路との境界に柵を設け、児童遊園の設置認可後間もなく自動車の乗り入れをさせないため同遊園の出入口に木の杭を打ち込んだこと、同遊園の近くに道祖神の祠があり、そこに男子性器などを具象した石工物数個があるけれども、同遊園の中からは、雑木林あるいはさらに恩賜倉が視界を遮つて、右石工物を眺望できないと思われること。

二以上の各事実に照らして、県知事のした若竹児童遊園の設置認可(以下、本件認可という。)の効力を検討してみる。

(一)  若竹児童遊園は、前述のとおり、福祉施設最低基準六〇条一号の定める広場等の物的設備を備えており、これらの設備が著しく粗悪なものだとも思われず、また、同基準六一条に定める資格のある者二名ほか一名がその職員となつているのであるから、同基準に適合しているものと思われる。所論は、形式的には同基準に適合していても、同遊園は、自動車が乗り入れられて児童の生命身体に危険な場所であり、かつ、近くに前述の石工物があつて、児童遊園として不適当な場所であるから、実質的には児童遊園としての要件を欠くというのであるが、前述のとおり、町が自動車の乗り入れ阻止に積極的であり、自動車の乗り入れは殆んどなかつたものと考えられ、同遊園が児童の生命身体に危険な場所であつたとは思われない。また、右石工物も同遊園内から眺望できないと思われるから、児童の情操に与える影響がそれ程大きいとは考えられず、同遊園が児童厚生施設として不適当な場所であるとはいえない。

したがつて、若竹児童遊園が児童厚生施設としての福祉施設最低基準所定の要件等の実質的要件に欠けているとは思われず、この点で、本件認可が無効であるとは考えられない。原判決には福祉施設最低基準につき法令の解釈適用の誤りがあるとは認められない。

(二)  余目町は、前記のとおり、県の関係部局、県警察本部と協議の結果、平庄市のトルコ風呂営業を規制するには、風俗営業等取締法四条の四第二項に基づき条例を改正するいとまがなく、前記児童遊園地を児童福祉法七条に規定する児童施設とするほかないという県側の示唆を受けて本件認可の申請をしたと認められ、その動機・目的として、平庄市、後に被告会社の企図したトルコ風呂営業を規制することが差し当つて主であつたものと考えられ、県知事も、その経緯を知りながら、本件認可をしたものと思われる。しかし、若竹児童遊園は、地域の児童を交通事故から守るとともに児童に健全な遊びを与え、その健康を増進し、情操を豊かにするため、すなわち公共の福祉のため設置されたことは否定できず、これが児童遊園の設置、認可の本来の目的であつたことは明らかである。

(三)  ところで、風俗営業等取締法四条の四第一項が児童福祉施設等の周囲二〇〇メートル以内の区域で個室付浴場の営業を規制しているのは、同条の四第二項とともに、公共の福祉による営業の自由の制限であると思われること、同条の四第三項は、第一項の規定の適用の際に現に許可を受けて個室付浴場業を営んでいない限り、その営業を規制する第一項の適用を免れることができないこと、同条の四第二項によれば、都道府県は善良な風俗を害する行為を防止するため必要があるときは、条例により、地域を定めて、個室付浴場を営むことを禁止することができることに徴すると、被告会社は、本件認可の際には、現に許可を受けて個室付浴場業を営んでいなかつたことは記録上明らかであるから、被告会社が同条の四第一項の適用を除外される場合にはあたらず、本件認可の差し当たつての主たる動機・目的は同条の四第一項の規定する営業の規制すなわち公共の福祉による営業の自由の制限にほかならない。営業の自由が公共の福祉によつて制限されることは憲法二二条一項が規定するところであつて、右動機・目的は適法であり、本件認可が同条同項に違反するとは思われない。また、本件認可によつて被告会社の個室付浴場業が規制され、そのため、たとえ、被告会社が経済的損失を受けても、それは適法な営業の規制によるものであるから、憲法二九条にも違反しないと考えられる。そして本件認可に至るまでの経緯およびその後の被告会社に対する経営許可に至る経緯に照らし、とくに、県当局は、平庄市がトルコ風呂営業を企図した当初から同人に対し、さらに後には、被告会社に対し若竹児童遊園が設置されればその二〇〇メートル以内の区城において個室付浴場業を営むことができなくなる旨重ねて警告し、経営許可直前にも、被告会社から余目警察署長あるいは県環境衛生課に宛ててそれぞれ営業方針誓約書、営業内容説明書を差し出させることに徴すれば、県知事の本件認可が信義誠実に反していたとは思われず、地方自治法一三八条の二に違反するものとも考えられない。

したがつて、本件認可は適法有効であり、被告会社に対する関係においてもこれを有効とすべきいわれはない。県知事が設置認可をした若竹児童遊園の存在を前提として、被告会社を風俗営業取締法違反で処罰しても、憲法三一条に違反するものとは考えられない。

三なお、所論は、原判決には被告会社の代表者平庄市に違法の認識がなかつたのに、これがあつたとする事実誤認があり、この認定と被告会社に対する処罰とは相矛盾し、理由のくい違いもあるというのであるが、本件は、被告会社の従業者である原判示中嶋文江らが被告会社の営業に関し、個室付浴場業を営む行為をなしたのに対し、風俗営業等取締法八条のいわゆる両罰規定により法人である被告会社を処断したのであつて、被告会社の代表者である平庄市については、違法の認識が問題とならないと思われる。原判決のこの点についての説示が適切とはいえないが、平庄市は若竹児童遊園の設置認可により、それ以後右遊園の敷地の周囲二〇〇メートルの区域内ではトルコ風呂営業を営むことができなくなつたのに、このことを知りながら、あえてトルコ風呂営業を営んだという趣旨にすぎないと解され、結局若竹児童遊園の認可が有効であり、この存在を根拠として被告会社を処断することは憲法三一条の規定に違反しないというのであり、原判決には所論のような事実誤認・理由のくいちがいがあるとは考えられない。

四原判決は、本件認可が有効であることの理由に関しこれとやや見解を異にしているが、結局、本件認可が有効であると判断して若竹児童遊園の存在を前提として、被告会社のトルコ風呂営業を風俗営業等取締法違反の罪にあたるとするものであるから、原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかな事実誤認・法令の適用の誤り、理由のくい違いがあるとは思われない。論旨はいずれも理由がない。

そこで、刑訴法三九六条、一八一条一項本文のとおり判決する。

(中島卓児 萩原昌三郎 板垣範之)

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